皆さま、はじめまして。KDDI DIGITAL GATE センター長の山根です。
KDDI DIGITAL GATEは昨年の9月、企業の皆さまとデジタル・トランスフォーメーション(DX)を実現する場として東京の虎ノ門にオープンしました。
オープンして1年が経ち、これまで大企業を中心にのべ250社以上の方々にご来訪いただきました。本稿ではKDDIがなぜこのような場を作ったのか?また、この1年間さまざまな企業のDX推進者と接してきた私たちが、その活動から何を学んだのかを皆さまにお伝えしたいと思います。
デジタルとビジネスの関係性の変化
私は2001年に大学を卒業して社会人となった後、約5年間、ITエンジニアとしてソフトウェア開発やデータベースに関わる仕事をしていました。当時私が作っていたソフトウェアは、人が行なっている仕事を楽にしたり、なくしたり、より正確にするために作られたものがほとんどでした。つまり、ビジネスモデルを根本から変えるものではなく、ITは既存の業務プロセスを改善する目的で主に使われていました。企業は、業務を設計する部門と、その業務をITで効率化する情報システム部門を別部門に分けており、それでうまく回っていたように思います。
一方、最近では、Amazon、Uber、Spotifyなど、デジタル技術そのものをビジネスに転換し、既存企業のビジネス領域を切り開く「デジタル・ディスラプター」の存在感が増してきています。このような背景もあり、企業が新しいビジネスやサービスを生み出す際に、デジタルの要素を取り込むことはもはや必須となってきています。
日本企業がデジタル・トランスフォーメーションを実現するには?
日本の企業はどうでしょうか?全社イノベーションやDXを一手に担う「DX推進部」のような部門を作る企業が増えてきていますが、果たしてうまく回っているのでしょうか。
日本企業は多階層型の組織で、全員で合意を取って物事を進める文化を持つ企業が多いと言われています。このような企業組織・文化は意思決定に非常に長い時間を要します。日本企業が一つの新しいビジネスアイデアを多階層の組織の中で検討して合意を取っている間に、デジタル・ディスラプターは遥か先に進んでいます。彼らに対抗するには、ビジネスとデジタルそれぞれのスキルを持った人々で構成される少人数のチームと、そのチームが自分たちの判断と責任で自律的に素早く動ける環境が必要です。
では、そのようなチームや環境をどのように作れば良いのか?日本ではITエンジニアの70%以上がIT専業ベンダーにいる(※1)ため、社内を見渡してもデジタルに精通した人財がいないケースも多いかと思います。また一言でデジタルと言っても、IoT、5G、クラウド、AI(ML)など技術が多岐に渡ります。そのような人財を集めて、かつビジネスも同時に考えて動ける自律的なチームはどのように作れば良いのでしょうか。
KDDI DIGITAL GATEでやっていること
KDDIは通信キャリアとして、さまざま通信技術を使って、人と人、モノとモノをつなげることを何十年もやっています。また、2011年から行なっているベンチャー支援(※2)や他社との協業ビジネスなど、ビジネスを自社ですべて行うのではなく、オープンに外部とつながって対等な関係性で共創していくことを昔から得意としています。さらには、2013年から、ソフトウェア開発チームを内製化し、自律的なチームで新しいサービスを素早く開発する「アジャイル開発」の「スクラム」を導入し、企画も運用も含めて組織的に行っています。当初5名から始まったこの取り組みは、今では200名以上が所属する組織にまで成長しています。
KDDI DIGITAL GATEは、このような、KDDIがこれまで取り組んできたあらゆる要素が凝縮された場所です。5G、IoT、クラウド、AI、こういったデジタル技術を活用し、ビジネス価値へ転換してクイックに自律的に開発を進めることができるアジャイルなチーム、その仕事に専念できる物理的な環境、さらには先進的なベンチャー企業と連携してさまざまな新しい価値を生み出せる可能性も秘めています。
KDDI DIGITAL GATEでは、企業の皆さまとKDDIのメンバーとが一つのチームとなって、企業間の境界線、デジタルとビジネスの境界線を越えて、新しいサービスを日々創り出しています。
お客さまとKDDIのエンジニアが一体となったチームでのサービス開発
JAL Innovation Lab × KDDI DIGITAL GATE
一つ事例を紹介したいと思います。日本航空(JAL)様が2018年4月にオープンしたオープンイノベーション活動拠点「JAL Innovation Lab」との共創事例です。
テーマは客室乗務員(CA)の業務をタブレット端末や機内WiFiを使って改善するというもので、JAL Innovation Labの方々からは「タブレット端末や機内WiFiを導入したら、どういったことができるか?」を一緒に考えて欲しいとのオーダーをいただいていました。
KDDI DIGITAL GATEでは、「何を作るか」ではなく、「誰のどのような課題をどうやって解決するのか」といったユーザー体験への価値に注目します。ユーザーにとって価値の高いイノベーティブなサービスを創るためには、正しい答えを見つけることよりも「答えるべき正しい問い」をしっかり探索することが重要です。まず初めに私たちは、CAのメンバー、JAL Innovation Labの方々、KDDI DIGITAL GATEのメンバーで一つのチームを作りました。その後、CAが働く現場で一体何が起きているのかを正しく把握するために、CAにインタビューを行い、業務の現場を注意深く観察することで必要な情報を集めました。それから、ワークショップを行い、収集したさまざまな情報を組み上げてインサイトを導出していきました。この活動により、CA自身が気付いていない潜在的な課題をいくつか発見し、その中からユーザーであるCAの活動に対して最もインパクトが強い課題を特定しました。その後、その課題を解決するための「答えるべき問い」を決めて、その問いに答えることができるソリューションアイデアを発散、最後に最もユーザー価値の高い(であろう)ソリューションをチーム全員で決めていきました。
ソリューションが決まったら、KDDI DIGITAL GATEのスクラムチームが1週間単位で開発・リリースを行い、リリースしたサービスをCAの方々に使ってもらい、そこで得たフィードバックを翌週のイテレーション開発で改善するといったサイクルで開発を進めました。このように、小さく素早く作ってユーザーから学習して改善を繰り返すことで、ユーザーにとって価値がない無駄な機能を実装してしまうリスクを最小化することができます。
JAL Innovation Labメンバー、CA、KDDIメンバーでのワークショップ
毎日リリースして1ヶ月で判断する
KDDI DIGITAL GATEのオープン当初は、一つのプロジェクトについて3ヶ月程かけてサービスのデザインから開発・検証までを行っていました。しかし、この3ヶ月という期間は新しいビジネスやサービスにチャレンジする際には長過ぎることが分かりました。企業の経営層は3ヶ月も待てません。また、3ヶ月も経つと成果物に対する期待値が上がりすぎてしまい、経営層にもチームにも確証バイアスが発生して、ありのままのフィードバックを受け入れられず、後戻りやピボット(方向転換)もしにくくなってしまうことが分かりました。
そこで私たちは、サービスデザインから開発・検証までを約1ヶ月(3~5週間)とし、開発のサイクルについては、長くても1週間、できれば毎日リリースという超短期間のプロセスに変更しました。これにより、確証バイアスの発生を抑止するだけでなく、同じ期間とコストでより多くの学びを得て高速に改善する、極めてAgilityの高いサービス開発を行うことができるようになりました。また、毎日何らかの新しい機能をリリースし、毎日振り返りを行うことで、チームメンバーのモチベーション向上やプロダクトオーナーのスキル向上を飛躍的に実現することができました。
KDDI DIGITAL GATEが果たす役割
日本の企業文化やデジタル人財を取り巻く環境を鑑みると、日本企業が自社だけでDXを実現することは簡単なことではありません。また、持続的にイノベーションを生み出すためのビジネスとデジタルが一体となったスモールチームが成果を出すためには、経営層やマネジメント層がチームを信頼して権限を委譲すること、他の業務から解放してサービス開発に専念できる環境を与えることが重要です。KDDI DIGITAL GATEはそういったことを、実践を通して学習し、企業組織のDXを共に実現していく場所となっています。
KDDI DIGITAL GATEでの活動風景
次回以降は、KDDI DIGITAL GATEで活動するメンバーから、実際の共創事例から得た学びをベースに、DXを実現するためのより深い実践的なアドバイスを提供していきたいと思います。
(参考)KDDI DIGITAL GATEについて
※1)IPA IT人材白書2017より
※2)「∞Labo」といったベンチャー支援プログラムやCVCとしてのファンド「KDDI Open Innovation Fund」などがあります